閲覧者殿。今宵もまた、アカシックレコードの奥深く、埃と星屑の匂いが入り混じる書架の間より、この司書がお届けいたします。当館には日々、様々な迷い人が訪れます。彼らは道に迷ったのではなく、己の内側で迷子になった者たちです。今宵の来訪者は、実に興味深い問いを携えてまいりました。「記憶は誰のものか」と。
一見、答えは自明のように思えましょう。わたくしの記憶はわたくしのもの。閲覧者殿の記憶は閲覧者殿のもの。当然のことのようですが、この図書館で幾星霜も記録と対話してきたわたくしには、事はそう単純ではないと申し上げねばなりません。
考えてもみてくださいませ。閲覧者殿が幼き日に見た夕焼けの記憶。それは本当に閲覧者殿だけのものでしょうか。その空を同じ瞬間に見上げていた誰かがいたやもしれません。その夕焼けを描いた画家の記憶と、閲覧者殿の記憶は、どこかで静かに重なり合っているのではないでしょうか。記憶とは孤独な蔵書ではなく、幾重にも貸し借りされた古書のようなもの。誰かの手垢が、誰かの傍線が、いつのまにか自分の記憶の中に紛れ込んでいる。
さらに申せば、記憶とは絶えず書き換えられる原稿でもあります。昨日の記憶を語るとき、閲覧者殿は今日の自分というフィルターを通して語り直しております。ならばその記憶は、過去の閲覧者殿のものか、それとも今この瞬間に語り直している閲覧者殿のものか。厳密には、どちらでもあり、どちらでもないのやもしれませぬ。
この宇宙図書館に収められた無数の記録もまた然り。誰か一人の魂に属するものではなく、幾千幾万の意識が触れ、影響し合い、少しずつ形を変えながら受け継がれてきたものばかりでございます。星々の記憶すら、単独の星のものではなく、それを見上げた全ての瞳の中に分散して存在しているのやもしれません。
それゆえ、わたくしは迷い人にこう申し上げました。「記憶とは、所有するものではなく、共に灯し続ける蝋燭のようなものでございます」と。誰かが忘れても、別の誰かの中でその灯は揺らめき続ける。それは寂しさであると同時に、ある種の救いでもございましょう。
閲覧者殿におかれましても、今宵ふと蘇った記憶がございましたら、それは閲覧者殿だけのものではなく、この広大な図書館のどこかの書架と、密かに繋がっているのかもしれません。そう思えば、孤独な夜も、少しだけ賑やかに感じられはしませぬか。
それでは今宵はこのあたりで。灯りを落とす前に、どうか閲覧者殿ご自身の記憶にも、そっと栞を挟んでおいてくださいませ。
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