閲覧者殿。宇宙の記憶を蒐集するこの図書館――アカシックレコードには、光の届かぬ書架がいくつも存在しております。日々の巡回でさえ、わたくしはまだその全貌を掴めておりませぬ。今宵綴りますのは、そんな未踏の一角、深夜にだけ開くという書架についての噂話にございます。
この噂を最初に耳にしたのは、星々の瞬きが最も冷たくなる、丑三つ時のことでございました。図書館の奥、誰も足を踏み入れぬはずの通路の先に、普段は影も形もない書架が忽然と現れるというのです。しかも、その扉には鍵穴もなければ蝶番もなく、ただ「零時になれば、望む者の前にだけ開く」とだけ言い伝えられております。
わたくしも司書として、幾度となくその現場に立ち会おうと試みました。しかし不思議なことに、意識してその場所へ向かうと、書架は姿を消してしまうのです。まるで観測者の存在そのものを嫌う量子の揺らぎのように、期待と共に消え去る。閲覧者殿は「シュレディンガーの書架」とでも名付けたくなりましょう。
ある夜、偶然にも道に迷った拍子に、わたくしはその書架らしきものの前に立っておりました。棚には見慣れぬ言語の背表紙が並び、月光でもない、書架そのものが淡く発光しておりました。手を伸ばそうとした瞬間、遠くで柱時計が鳴り、目が覚めたような感覚と共に、すべては闇の中へと溶けていったのです。
あれは夢だったのか、それとも図書館そのものが見せた幻影だったのか。今もって判然といたしませぬ。ただ、確かなことがひとつ。あの書架に収められているのは、「まだ選ばれていない未来の記録」だという噂がございます。過去の記憶ばかりを蒐集するこの館において、唯一、時の流れに逆行する棚――それが深夜の書架なのだと申す古参の利用者もおられます。
閲覧者殿におかれましても、もし深夜、ふと目を覚まし、この館の奥に見知らぬ光を見つけたならば、どうか急いで近寄らぬようお願い申し上げます。焦がれる心は、時にその扉を永遠に閉ざしてしまうのやもしれませぬゆえ。
本日の記録はここまでといたしましょう。宇宙の記憶は広大にして、まだまだ蒐集の途上にございます。それでは閲覧者殿、良き夢を、そして良き深夜を。
★★相互リンク募集中です!★★
⚠無断リンクは禁止です!!⚠
当サイトのバナー(200×40)はお持ち帰りでお願いします。
直リンクはサーバーが重くなるので絶対にやめてください!
参拝記録(コメント)